※CAUTION※
・同性愛に関する表現が多々含まれます。
・閲覧に年齢制限を必要とする類の小説ではありません。
・「エロがない! ふざけんな!」とか言われるとものすごく困ります。


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 下敷きでシャツの中に風を送り込む。だが、湿度の高いじとっとした空気から作られる風など気休めにもなりはしない。はりつくシャツの不快感、そして迫り来る期末試験。全く嫌な時季だった。北海道は涼しいだろうか? 爽やかな風吹く北海道の大地を思い描く。そんな涼しげな光景もわざわざ後ろを向いて僕の机でうなだれている野田を見るだけでどろりと溶けて消えてしまう。
「水……水に入りたい……」
「今部活休みだもんな」
「テスト……テストさえ存在しなければ……」
「明日からか。それが終われば存分に水に入れるぞ」
「無事に終わればの話だろ。補習だの追試だのする羽目になったらもう俺はひからびて死ぬ」
「大げさな」
「俺から水泳を奪ったら何が残るっていうんだ」
 確かに。空っぽな頭も水の中では浮くので便利だろうが、陸に上がれば何の役にも立ちはしない。でも大丈夫。体育会系はゲイビで需要があるから。
 とはとても言えなかった。
「どうせ御崎はあれだろ、準備万端なんだろ」
 恨みがましい瞳で見上げられる。どうせ、なんて思われる通り、僕は普段から成績が良い方だ。部活に入っていないから勉強に多く時間をさけるとはいえ、僕だって一応努力している。試験前で部活がないのに余裕かましてる阿呆に文句を言われる筋合いはない。
「万端ってわけでもないけど、まぁ赤を取ることはないだろう」
「あーあ。そんなに余裕があるんならカンペの一つも作ってくれよ」
「おいおい。スポーツマンシップにのっとれよ」
「いまどきンなもん流行らねぇよ」
 くそ。お前なんか尿検査で局部ガン見された後思わず勃起してしまえ。
「最終日までは余裕があるわけだし。前半は捨てて後半に賭けたらどうだ?」
「そうするしかないな。打ち上げだけが唯一の希望だー」
「打ち上げ?」
「川崎がテスト終わった後打ち上げやるんだって。御崎も来るだろ?」
「多分行くよ。お前を慰めなきゃならないだろうしな」
 落ち込むこと前提かよ! というツッコミを聞き流しつつ、僕は守谷のことを考えていた。
 あいつはどうせ来ないんだろうな。「そういうのニガテ……」とか言って。
 そんな事言ってた割にはこの前のカラオケはそれなりに歌えていた。選曲は僕も知らないようなマニアックな物が多かったし、自信なさげに歌ってはいたけれど、音程を外すようなことはなかった。カラオケが嫌いというよりも、単純に人前で歌うことに抵抗があるんだろう。実際そこまで他人の歌を気にする奴なんてそう多くはないし、場数を踏めば気にならなくなるものなのだが。圧倒的に足りない彼の経験値。一歩踏み出す事に相当な労力を使うんだろう。例えば僕が無理矢理引っ張っていったように背中を押せば……

「明日からテストだな」
「あ、うん。そうだね」
 テスト前日の放課後はやけに深い静寂の中へと沈んでいた。傾いた陽のおかげで風の中にわずかな涼しさを見つけられる。化学のノートを伏せるように置き、ペットボトルのサイダーを一口飲む。
「守谷は勉強とかしているのか?」
「いちおう……? でも、あんまり結果につながらないんだ」
 守谷は器用に本を読んだまま応える。テスト前だというのに普通の単行本を読んでいる辺り「いちおう」がどの程度のレベルなのかを量るのは難くない。
「得意科目は?」
「うーん。……うーん、現国?」
 悩んだあげくに疑問形ですか守谷さん。というかあれだけの読書量で疑問形が付くレベルの得意科目って。
「苦手な科目は?」
「他ぜんぶ」
「ぶっ飛んでるな」
 微笑んでいるけれど、冗談なのか? 万が一冗談じゃないなら本当に笑えないのだが。
「赤点レベル?」
「ううん。補習とか追試は一度も受けたことないよ」
「じゃあ、問題ないんじゃないか?」
「そうだね。ギリギリでも回避できてれば問題ないよね?」
 それはつまりほぼ赤点ということか。物は考えようだが、赤点の補習に出て理解度を深めた方が本人のためになるのではないだろうか。今度野田を慰める時はそう言ってやろう。
「まぁそれはともかく、お前試験終わった後とか用事ないだろ?」
 顔を僅かに上げて焦点を本から僕に合わせる。二、三度瞬き、小さく短く頷いた。
「カラオケ行こうぜ、カラオケ」
「え。また?」
「いいだろ別に。どうせ暇なんだし」
「暇っていうか……うーん」
「な?」
「わかったよ」
「良し。それじゃ、勉強がんばれよ」
「あ、うん。御崎くんも」
 守谷だって、きっかけがなかっただけだ。自分から歩み寄ったりすることがないから友達ができないだけで、彼自身の人間性にそこまで問題がある訳ではないのだ。現にこうして僕らはこの屋上で仲良く会話しているわけだし、打ち上げとかそういう場に引っ張り出せば話の一つも出来るだろう。そうして他の連中と挨拶の一つでも出来るようになればもう屋上で一人休み時間をやり過ごす必要もなくなる。全く普通の、高校生らしい一日を送れるようになるはずだ。全てはひとえに彼のため。
 憂鬱な期末試験も、その先に光を見いだせれば軽快な足運びで完走できそうだ。

 実際、試験とはまさしくマラソンのようなものだと思う。どのようなルートをどのくらいのペースで走ればゴールへたどり着くか、ということを計画し着手し臨機応変に対応していく。一番である必要はない。一定のリズムを保ち続けることが大切だ。だが、勘違いしてはいけない。期末テストの終わりがゴールではない。せいぜい一つの関門程度の意味合いだ。その先にある入試こそがとりあえずのゴールだろう。
 そのゴールを間違えることなく、自分なりのペースを作っていけば、こいつのようなことになることはないのだ。
「水……水を……」
「頭から被ってこい」
「前半捨てたのに後半もずだぼろじゃねぇか。誰だよ、後半に賭けろとか言った奴」
「誰だよそれに納得してた奴」
「俺だあああ」
 自業自得もここまでくると清々しさすら感じる。捨てろ、とは言ったけど勉強しなくて良いとはひとことも言ってない。第一後半は範囲の広い科目が多かったから一夜漬けでどうにかなると思った事の方がどうかしている。前日にテスト範囲を聞いてくるところもクレイジーだ。
「ほら、追試とか補習とか、考え方によってはお前の理解度を深めてくれるわけであって。お前のためになることなんだからさ。そう落ち込まずにがんばれよ。どうせ追試なんて小テストレベルなんだろ?」
「俺のため? 大会に出られなくなるかもしれないのに?」
「あー、えーと。それはほら、うん」
 ああ、だめだ。救いようがない。どうして野田と守谷が逆じゃなかったんだ。後ろに座っている守谷はいつもと変わらず存在感ゼロで、呼吸の一つも聞こえてこない。恐らく本でも読んでいるんだろう。
 そんなことより彼を連れ出すタイミングが重要だ。いつもだったら野田と一緒に行くところだが、今日はみんなの少し後に守谷と行こう。偶然一緒になったとか、そんな理由で納得するだろう。
「楽しみだな、カラオケ」
「あれ。御崎ってそんなにカラオケ好きだったっけ」
「ま、あ、なー」
 ホームルームが終われば今日は終わり。夏休みも間近ということで、僕は浮き足立っていた。
 浮き足立ちすぎていた。



 カラオケに参加したのは二十一人。個室を三つ借り、七人ずつに分かれることになった。守谷と離れてしまったら、と少し焦ったものの、なんとか僕と守谷は同室に行くことが出来た。あと野田。
 他の四人は川崎と女子三人だった。女子の中で話したことがあるのは原一人だ。
「やっほー、御崎くん」
「よう、原。テストどうだった?」
「うーん、数学以外はなんとか。ていうか、試験の話とかやめようよ」
「そうだな。打ち上げだもんな」
「ねぇねぇ、御崎くんって何歌うの? ミスチル?」
「いや、まぁそこら辺は後で」
「うん、楽しみにしてるからー」
 原とはクラスの女子の中では親しい方だ。この誰とでも分け隔てなく接するところが魅力的だと思う。顔は中の上でなかなかの天然素材なのだが、少し幼いというか、年相応の色気というものがなくて誰かが狙っているという話は聞いたことがない。
 守谷のことを横目で窺ってみるとグループから少し離れて居心地悪そうに立っていた。その耳にはヘッドフォン。遮音はカンペキですか。周りと関わる気ナッシングですか。予想通りの状況ではある。誰かに背中を押されなければ行動しない。でもそれは僕ではいけない。
「あいつ、何て言ったっけ?」
「えぇっと、たしか……もり、もり? もりくん?」
「も、守谷じゃなかったっけ?」
「あ、そうかも。で、そのモーリタニアくんがどうかした?」
 すごい名前になってる。
「いや、あいつって友達とか居るのかな、って、さ。なんか、この部屋のメンツの中では仲良さげな感じの奴はいないみたいだから、さ」
「いないんじゃないかな。多分。クラスで誰かと話しているの見たことないし。他のクラスにはいるかもしれないけど」
「そうか……」
 原は僕を覗き込むように顔を近づけてきた。
「気にしてるの?」
「そういうわけじゃない……」
「そうだよね。御崎くんはそんな人じゃないもんね」
 胸がちくりと痛んだ。僕はこの期に及んで他人が創り出した自分のキャラクターを維持したいのか? 僕は守谷の友達だと言ってやればいいのに。でもここは、守谷を他の奴と仲良くさせたいから。そして、誰とでも仲良くなれる原となら守谷にも話しかけてもらえるかもしれないから。
「大丈夫。私もお節介だからね。あとで話しかけてみるよ。御崎くんのお願いとは関係なく」
「いや、俺は別に何も」
「分かってるって」
 分かってるんだろう。何もかも。表層もその裏も。
 そこが僕としては癪だったけれど、守谷のためだ。気にしないようにしよう。
「まぁなんでも良いけど。とにかく楽しもうぜ」
「うん、わかった」
「おい御崎ィ、何原ちゃんといちゃいちゃしてんだよー。早く部屋行こうぜ」
「ああ、悪いな川崎」
 守谷からものすごく困った顔で僕に助けを求めているが、その視線をやり過ごす。許せ守谷。

 モニターに向かって半円状になっているソファに、奧から入り口へ向かって女子が三人、川崎、僕、野田、そして守谷という順で座った。野田と守谷の間は若干スペースが空いている。
「ねぇねぇ、何飲む?」
「ここドリンクバーじゃないんだ?」
「電話で頼むやつ」
「メニュー見せてー」
「パフェ食おうぜパフェ」
「えー、川崎甘い物好きなの?」
「好き好き。超好き」
「意外ー。え、じゃああたしも何か頼むし」
「つか先に飲み物決めろって」
「私アイスティー」
「俺コーラね」
「私はー、山ぶどうジュース」
「なにそれ。そんなのあるの?」
「うん、おいしいよー。原ちんは?」
「じゃあ私もそれにするー」
「じゃあわたしもそれにするぅー」
「野田マネしないでよー」

「え、えーっと、お前は?」
 終始黙っているので結局僕が助け船を出す。
「ぼ、僕? えと…………メロンソーダ」
「メロンソーダな。了解」
 原ではない女子二人が何かをこそこそ話し、小さく笑った。

「「エントリーナンバーいちばん、野田ッ! うたいまーす」」
 野田と守谷を除いた全員がけたけたと笑いながら手をたたく。
 電話に近い守谷に注文を頼みたかったが、彼には酷な仕事だろう。早速歌を入れやがった野田の前を通り、注文をする。





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