※CAUTION※
・同性愛に関する表現が多々含まれます。
・閲覧に年齢制限を必要とする類の小説ではありません。
・「エロがない! ふざけんな!」とか言われるとものすごく困ります。


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 守谷は駅前広場の噴水の縁に座っていた。守谷の私服は初めて見るが、Tシャツの上に半袖のネルシャツ、ジーンズというあまりにもスタンダードな格好だった。そして相変わらずのヘッドフォンを付けている。こちらに気付くとヘッドフォンを外しながらこちらに近づいて来た。挨拶を交わすとそこで言葉が詰まってしまう。

「それで、どこに行くんだよ」
「……え?」
 時間と待ち合わせ場所だけを決めて待ち合わせた僕ら。てっきりどこかあてがあるのだろうと思って何も考えずに来てしまったのだが、この反応を見る限り彼も同様だったらしい。
「いや、誘った方が考えるだろ。こういうの」
「ごめん。僕こういうのあんまり慣れていなくて……」
 慣れていない、どころか多分友達とプライベートで遊んだという経験がないのではないだろうか。以前の彼のことは知らないが、生来この性格だったとするのならばあり得ない話でもない。そもそも彼にリードを頼もうと考えること自体が愚かだった。
「ま、この辺適当にぶらぶらするか?」
「うん、ごめん」
「謝らなくていいけど。どっか行きたいところとか見たい店とか、そういう希望があれば聞いておく」
「うーん。御崎くんはいつもどういうところに行ってる?」
「友達となら無難にカラオケとか?」
「……僕、歌ニガテ……」
「……じゃあボーリング」
「……運動もちょっと……」
 だろうな。
「ゲーセン?」
 守谷の表情がどんどん曇っていく。これは困った。だいたいどれか一つくらいには引っかかるのだけれど。
「うーん、映画?」
「あ、それならへいき」
 正直僕の方が気乗りしないのだが、この際仕方があるまい。映画。映画か。このタイミングで映画というのも因果なものである。

「映画を見に行こう」
と初めて二人きりで出掛けた時、翼に言われた。付き合う前だったので、あぁこの人は僕に興味がないのか、と受け取った。僕の中で映画とはそういう位置づけにあった。
 趣味が同じで、お互い同じ映画に興味があるときは別だ。でもそうでないのなら会話の糸口を無理矢理作る口実でしかない。九十分近く無言でいられるし、適当に時間をつぶすことも出来る。きっとそういう意味合いで誘ったのだろう、と。
 こっちの友達に連れられて行った飲み屋で出会った彼。今度デートしようよ、と誘ってきたのは彼だというのに。酔ったせいもあったのだろうか。気が大きくなっていただけなのだろうか。それならそれで仕方がない、と割り切って彼のデートプランに乗ることにした。
 映画のチョイスも最低。流行りの映画らしいが中身のない映像と大音量だけで誤魔化しているようなものだった。
「つまらなかったねー!」
 自ら選んだはずの映画に躊躇することなく屈託なく言い放った。
「ええっと……フォローできませんけど……」
「なんか、音がうるさすぎ? なんか爆発させりゃいいって感じだよねー」
「あぁ、それは俺も思いました」
「やっぱり? いやー、次はもっと楽しいの観ようね」
「……はい」
 あんなにつまらない映画を観た後なのに、どうしてこの人はこんなにも楽しそうなんだろう、と鼻歌交じりの横顔を眺めながら考えた。
「楽しそうですね」
「君と居られるからね」
 そんな格好付けたセリフをさらりと言うことの出来る男も珍しい。もしかするとただのお世辞だったのかもしれないが、それでも僕はそんな一言を嬉しいと思ってしまったのだ。
 恋なんて美しいのは最初だけ。あとはもう、欲と不満だけがしつこく想いを汚していく。そんなおぞましい物は要らないと、他の美しい想いを探し求めて行く。それもいつかは汚れるというのに、なんと愚かしいことだろう。
 過ちを重ね続ける僕らのその先には何かがあるのか。目隠しで手探りで歩くその先に千尋の谷が広がっているかもしれないのに、それでも僕は誰かを求め続けている。
 柄じゃない。とにかく僕は今日を楽しもう。

「何か観たいものとかあるか? 最近なにか面白そうなのやってたかな?」
「うーん、僕も明るくないんだけど、映画館に行って決めようか」
「そうだな。じゃあ行こう」
「うん」
 思考を止めながら僕らは先へ行く。


 そもそも暇つぶしに映画というチョイス自体とても難しい。何でも良いとは言ってもあまりにも興味から外れすぎている物を選んでは退屈だし、いくら学生料金とはいえ安い金額ではない。かといって慎重になりすぎるとどれも退屈そうな気がして結局最後まで決まらない恐れもある。特別映画が集中して公開する時季でもなく、ちょっと旬を過ぎた物や地味な映画ばかりが一覧に並んでいた。
「どうする?」
「ど、どうしよう」
 選択を彼に求めても即決は望めない。特に希望がないということなら強引に決めてしまった方がお互いのためかもしれない。
「時間的に丁度いいのはこの二つか」
「うーん、どっちも面白そうだけど」
「悩んでいてもしょうがないし、賭けで決めよう」
「賭け?」
 いわゆるコイントスのようなもの。表ならA、裏ならB、といったやつだ。残念ながら僕はコイントスが苦手なので何か他の物で決めなければならない。紙とペンなどありはしないし……
「じゃあこれだ」
 僕は左腕にはめたデジタル時計を差し、液晶パネルを手で覆った。
「適当なタイミングでお前が合図する。その時秒数が奇数だったら右の映画にしよう。偶数だったら左の映画な」
「うん、わかった」
 カップラーメンが出来上がるのを待つ子供のように、手で蓋をされた時計を覗き込む。三分待ったところで意味はないのだから、早く蓋を開ければいいのに。
「す、ストップ!」
「え……」
 止めるのか? という冷やかしは抜きにして手をどけた。
「…………」
「…………」
 下二桁にゼロが並ぶ。すぐさまカウントアップを続けるが、僕らの頭の中はゼロ秒のまま止まっている。ゼロ。ぴったりゼロ……
「ゼロってどっちだっけ?」
「どっちでも……ないんじゃない?」
 順番的に言えば偶数になるのかもしれない。ただ、よりにもよってこのあいまいな数字を引き当てるというのは何とも因果なものだ。
「ま、とにかく偶数ってことで」
「そうだね」
 その映画はあまり人気がないらしく、あっさりと良い席を取ることができた。土曜日だというのに空席の方が目立っていた。
「僕、映画って久しぶり」
「そうなのか?」
「うん、最後に行ったのは小学一年生くらいかな?」
「それって久しぶりどころの騒ぎじゃないだろ」
「そう? じゃあ何て言うの?」
「えーっと……。ずいぶん長いこと来ていないとか……。それより映画嫌いなのか?」
 彼は首を横に振り、スクリーンへ顔を向けた。
「来る相手が居なかったから」
「友達とか?」
「うん。それに三年生の時に離婚して、お母さんは土日も働いてたし」
 僕らのような人間にありがちな家庭の欠損というやつか。
 無償の愛を受けなかったから、自分が愛されるということを信じられない。それが彼の自信のなさや他人との遠すぎる距離感の原因となっているのかもしれない。彼のその性格が思春期故のものではなく、幼少期からのものであることは彼の今後の人生に高い壁となるかもしれないが、まぁ、だからなんだ、としか言いようがない。
「こうやって誰かと遊びに行くって久々なんだ」
 今までの僕なら、あきれ果てていたかもしれない。友達も居ない、休日は独りぼっちなんてつまらない人生だ、と。そしてそこで考えることを止めていた。
「じゃあ次はカラオケだな」
「え?」
 どんな休日が楽しくて、どんな人生が幸せかは本人の勝手。だけど彼がこんなにも嬉しそうな顔をするのなら、少しくらい付き合ってあげればいい。
 もしそれで彼の中の何かが変わったのなら、それで良し。余計な世話と切り捨てられればそれも一興。
「そんでその次はボーリングで、ゲーセンで、買い物、ファミレス、ラーメン、あとは……ナンパは俺もしたことないや。全部一通りやってみればいいだろ?」
「……カラオケは、僕音痴だから」
「あんなものは上手いとか下手とか関係ないんだよ。盛り上がれればそれで良し。流行りの盛り上がれる曲知らないんだったら後でツタヤ行くぞ」
 こうしてはしゃいでいる間は傷の痛みを忘れられる。映画だってそうだろう? 現実が退屈だから、目を背けたいから、一時間半ほど全部忘れて非日常体験がしたいだけ。それの何が悪い。痛みと向き合うことが正しいのなら、頭痛薬を飲むことも手術に麻酔を使うことも酒を飲んで忘れてしまうことも、何もかも間違っていることになる。原因を取り除けぬというのなら蓋をするしかない。紛らわせるしかない。誤魔化すしかない。
 上映時間が来た。劇場が暗転する。

 臭いものに蓋をする。しかし、その蓋があまりにも小さすぎたら何の意味をもなさない。
(……つまんねぇ)
 退屈だ。びっくりするほどつまらない。アクション映画とはいえ、どんぱちするだけでストーリー性を全く無視した作りはいかがなものだろうか。偶然に頼るだけのご都合主義が延々と折り重なっていくのは拷問に近い。
 隣を見る。スクリーンの反射を受けた彼の瞳は輝いている。あくびをかみ殺して涙をにじませる僕とは違った光を宿している。楽しいのか? これが?
 映像と声が次々と僕の後ろへ流れて行ってしまう。買ってあったジュースももう飲み干した。残ることはあと一つ。彼の手を握りしめること……じゃない、寝ることだけだ。あれ、っていうか僕ここのところ寝てばかりじゃないか?
 そもそもバイトをしていない一般高校生にとって安くはない鑑賞料を払っているのだ。ここは我慢しよう。
 眠気を堪えるとなると、思い出さなくて良いような事ばかりが掘り起こされる。

 そうだ。映画を見終わった後。食事に行くことになった。向かった先はどこにでもあるファミレス。もちろん高級レストランなんて望みはしないものの、もう少し洒落たところもあっただろう。別段そのファミレスが嫌いというわけではない。それどころか、むしろよく利用する方なので安心感はある。あるが、これもまた僕には興味を抱いていないというサインなのかもしれない、と僕は落胆したものだ。
「ファミレス、好きなんですか?」
「何で?」
「いや、なんとなく」
「もっとオシャレな方が良かった?」
「そういうわけじゃないんですけど」
「あんまりさ、緊張するようなところじゃない方が良いかと思って」
 彼は後に、「本当は付き合えるかどうか分からない相手にお金つぎ込むの嫌だったからだよ」と言い訳した。しかしそれは照れ隠しだったということは考えるまでもない。「緊張するようなところじゃない方が良い」という意見こそが彼の本意で、高校生の僕に合わせようとしてくれていたんだ。彼の気遣いも、下手な言い訳も、確かにそれは彼の優しさだった。
 結局そんなこと忘れてしまっていたのだ。優しさはいつの間にか「当たり前」に。そして嫌なところだけが浮き上がる。
 今更こんな事考えても仕方がないのに。もう終わったことだ。終わってしまったことをどうこう言ってもどうにもならない。
 札幌へはいつ行くんだろう。八月に転勤って言ってた。だから、七月の末くらいには行ってしまうのかもしれない。鞄の中に手を入れる。指先が携帯に触れた。あれからずっと電源を入れていない。もし電源を入れたらメールが来ているだろうか。別れの言葉でも届いているかもしれない。すぐにでも確認できることなのに、僕は蓋を開けることを躊躇っていた。
 結局映画の内容は頭に入ることなく、気がついたらスタッフロールが流れていた。場内が明るくなる。
「寝てた?」
「……みたいだな」
「起こした方が良かったかな」
「いや。あんまり面白くなかったし」
「最後の方は結構面白かったよ」
「そうなのか?」
「うん、あれが伏線になっていたんだーって感じ」
 それは少しもったいなかったかもしれない。しかし導入部分が退屈な映画が良作とは思えない。
「腹減ったな。何食べたい?」
「んー。何でもいいよ」
 彼と行ったファミレスに行きたくなった。けれど、こんな未練がましい理由で行くことが正しい選択なのかは分かりかねる。忘れなければいけない。彼を好きだったことも、彼と過ごした時間も。過ぎゆく思い出が糧になるかはこの先の僕が決めること。そう、それすらも蓋をしてしまえばいい。
 昼食は高校生らしくマクドナルドでハンバーガーを食べた。ここも彼には馴染みが薄いらしく、注文の仕方が分からずあたふたしていた。
 ビッグマックのセット、ドリンクはコーラ。体にとっては最低の組み合わせ。
「こんなに食べられるかな」
「余裕だろ。ハンバーガーもう一つ付けてもいいくらいじゃないか?」
「無理無理。だってビッグマックってお肉がたくさん入ってるんでしょ? そんなにお肉ばっかり食べてちゃバランス悪いよ」
「そんな事言ってるから痩せっぽっちなんだろ。ほらほら、食え食え。太れ太れ」
 僕のポテトを守谷のトレイにザザっと流し込んだ。それをじっと見つめた後、神経質につまんで少しずつ口に運ぶ様は小動物のようだった。
「肉が嫌なら今度からフィレオフィッシュでも頼めばいいだろ」
「そんなのあるの?」
「ああ。俺は結構好きだよ
「じゃあ、今度はそうする」
 こんな調子で僕らは何気ない一日を過ごしていくのだった。
 その後ゲームセンターに寄り、カラオケに行き、極々一般的な高校生らしい休日を送った。特別面白いわけではないが、決して退屈はしない。川のせせらぎのような時間が静かに流れていた。
 時間が五時を過ぎる頃になると、次第に彼の様子が変わってきた。そわそわと落ち着かないように時間を気にしていた。
「そろそろ帰るか?」
「まだだめ」
 門限に間に合わないから、とかそう言う理由だと思っていたがそういうわけではなかったらしい。「帰りたくない」ではなく「だめ」というところに引っかかる。
「時間、平気なのか?」
「うん。六時……くらいまで」
「微妙な時間だな。メシは?」
 彼は首を横に振る。とりあえず夕飯に間に合うように帰るのだろう。それならカラオケをもう少し延長しても良かった。



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