※CAUTION※
・同性愛に関する表現が多々含まれます。
・閲覧に年齢制限を必要とする類の小説ではありません。
・「エロがない! ふざけんな!」とか言われるとものすごく困ります。


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 映画やドラマで見たような光景だった。灰色の雲が広がる真冬の日本海。吹きすさぶ北風に二人、身を寄せ合った。
 波の届かない場所に鞄を置き、その場に座った。鞄の中にはそれぞれの持ち物と、遺書が入っている。僕らが生きた証は、それ一つで収まる程度のものなのだと思うとわずかに虚しさがわきあがる。
「ヘッドフォン、まだ持ってたんだな」
「憶えていてくれたんだ」
 彼がいま首にかけているのは、かつて身につけていたヘッドフォン。その先は何にも繋がっていない、耳を塞ぐためだけのもの。
 拒絶のしるし。彼の弱い心を守った盾でもあり、そして深く傷つけた剣でもある。
「これは僕のトレードマークだから。最後まで持っていたいんだ」
「そうか」
「ねぇ。野田くんは信じる?」
「何を?」
「死後の世界」
 海から吹く風が肌を切るように吹いている。寒さよりは痛みに近い。
 寒さのせいだろう。彼の鼻は少し赤くなっていた。そして泣いているようにも見えた。その鼻の冷たさを確かめるように、口から漏れる白い吐息を塞ぐように、唇と唇を重ねた。
 死後の世界は信じていない。だって、今の自分が嫌だから死ぬのに、死んでまでまた自分の過去に苛み続けなければならないなんて、それこそ地獄のようなものではないか。コミュニティがあればそれは僕らを攻撃する。どんな集団も誰かを傷つけずには居られない。それならば、そんな下らない世界なくていい。
 世界はここにあるだけでいい。
「傷つけたりなんてしないよ。魂の集まるところだから。そこはとても心地良いところで、幸せに充ち満ちているから、誰も傷つけたりなんてしないんだ。どんな罪も許されるところなんだ」
「どうかな。だってキリスト教の神様は同性愛を許していないだろ」
「ううん。それは人間が決めたことだよ。天国はみんな平等で、どんな人でも許してくれる」
 あるかどうかじゃない。あって欲しいんだ。理想郷がそこにあると信じなければ、恐怖に押しつぶされてしまう。
 優しい力で手を握った。
「うん。あるといいよな」
「うん」
 細く危うい綱ばかりを渡ってきた。いつでも落ちることはできるのに、怖くて震えながらその上を歩いてきた。
 渡りきったところで幸せなんてあるはずがないのだから、さっさと落ちて死んでしまえば良かったんだ。
 落ちたその先こそが、天国なのかもしれないのに。
「行こうか」
 僕は言う。
「うん」
 彼は答える。
 欠けてしまった僕ら。愛ではなく、孤独で体を重ねた僕ら。罪深きこの身を禊ごう。全ての繋がりを切ろう。いま、僕と守谷が繋がっている。それだけでいい。
 足をつける。海水は不思議と冷たさを感じなかった。朦朧とした意識のなか、繋いだ手だけはしっかりと掴み、海の中へ進んでいく。
 あの世なんてなくてもいい。けど、守谷にはそういう場所へ行って欲しいと思う。
 争いのない理想郷。彼が彼らしくのびのびと暮らせる場所。
 だけど。と僕は直前になって思う。
 だけど、そういう場所は本当にあの世にしか存在しないんだろうか。
 こんな僕らでも優しく受け入れてくれる場所はあるんじゃないだろうか。
 もう何の感覚もなくなってきたころ、僕は僅かに後悔していた。
 それはどこか知恵の輪に似ている。何をしてもほどけない。強固に結ばれた二つの輪。本当はほんの少しの解法で簡単にほどけてしまう。

 違った視点や些細な気付きが、現状の打破に繋がるかもしれない。

 ボロボロになった自分を見せるのが嫌だった。
 だから誰とも連絡を取っていなかったけれど、誰かが一筋の光明になってくれた可能性だってある。
 結局僕らはただ臆病なだけだった。
 だけどもういいだろ。僕だって守谷だって、生きることに必死だった。そうするしかなかった。
 だから、もういいだろう?

 ああ、御崎、いま、何してるのかな……



 目覚めた僕は絶望を知る。
 あのまま手を繋いでいれば、僕は守谷と一緒にいけたのだろうか。

 脳裏には御崎の姿が焼き付いていた。
 守谷の苦しみも知らないで、のうのうと生きているあいつに、守谷の人生を狂わせたきっかけであるあいつに、全てを知らせなければならない。

 寂しさと、慰めて欲しい気持ちと、彼に対する友愛を、憎しみという建前で包み込んだ。
 それは弱い自分を守るための繭のようでもあった。






 
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