※CAUTION※
・同性愛に関する表現が多々含まれます。
・閲覧に年齢制限を必要とする類の小説ではありません。
・「エロがない! ふざけんな!」とか言われるとものすごく困ります。


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 昨日あれだけ強固に施錠されていた校門は開放されていた。開始時間はまだ一時間も前だけれど、準備のために誰かが入っているのだろう。それならば、そっと校舎の中に入ることも不可能ではない。
 敷地の中へ一歩足を踏み入れる。
 三年間通い続けた校舎に僕は戻ってきた。
 木々のざわめきを聞き、屋上を見上げる。僕と彼の思い出の場所。彼にとっては全ての思い出が詰まっている場所。

 昇降口に近づくと微かに人の気配を感じた。
 やましいことは何もないが、誰かに見つかるのは煩わしい。
 息を殺すように、足音を忍ばせて階段を登った。

 何もかもがあの頃のままだった。屋上へと続く階段を遮るカーテンは色がさめていたけれど、手触りは変わらない。
 カーテンを開けたら、その先に彼が座っているような気さえする。
 僕がこじ開けた世界。十年の時を経た今、そこに広がる景色はどんな色をしているのだろう。誰が待っているのだろう。
 鍵は開いているに違いない。そんなことは分かりきっていること。彼が持っていた専用器具ならこの程度の鍵は開けられる。
 死んだのは誰だ。生きているのは誰だ。
 野田と守谷のどちらかはこの扉の向こうに居て、どちらかは死んでいる。
 僕はどちらを望んでいるんだろう。二人を天秤にかけている。本当は誰にだって死んで欲しくないのに、その運命は覆すことは出来ないのだろうか。

 ドアノブに手を掛ける。
 その冷たさが消えるまで握り続けた。知りたい。『彼』に何があったのか。
 そして、もし、生きていたのが『彼』ならば。
 謝りたい。自分の愚かさを。そして、伝えたい。

 決意は固まった。ノブを捻り、ドアを開ける。



「よお」
「…………」
「なんだよ。死人が生き返ったとでも思ったか?」
「……………………」
「野田か……?」
 真正面に立っていたのは紛れもない野田本人だった。歳は重ねていてもその顔に面影は残るものだ。だが、その表情はとても同級生とは思えないほどに憔悴しており、青年らしい艶を失っていた。
「そうだよ。お前の前の席に座っていた野田だよ」
 ならやはり死んだのは守谷だ。覚悟はしていたものの、二度にわたるショックは大きい。だが、電話口で野田は確かに「心中した」ことを肯定した。
「心中したって言うのは嘘なのか?」
「心中したのは本当だ。だが、死ぬことはできなかった」
「へりくつだな」
「嘘はついていないだろ?」
 だが、この守谷との符合点。偶然というわけではないだろう。
「相手は守谷なのか」
「そうだ」
「守谷は……死んだのか」
「――そうだ」
 つまりはこういうこと。二人が心中を図り、守谷が死んで野田が死ねなかった。影の薄かった守谷の事は伝わらず、野田が心中したことだけが広まっていってしまった。結果として守谷が死んで野田が生きているという事実が曲解され、野田が死んでしまったと間違ったまま伝わった。
「どうしてお前が心中なんか」
 そんなことをする人間とは思えなかった。悩みなんて何もない。何も考えない。至って普通の……いや、違う。それはただ僕が彼の表層だけを眺めていたからに過ぎない。彼には彼なりの悩みがあって、誰も知り得ない事情があった。現に彼が同性愛者であるということを見抜けなかったのだから。
「理由なんてどうだっていいだろ。ただ現実に絶望しただけだ。お前が知ってる俺も、守谷も、もうとっくの昔に死んだんだ」
「何を」
「知りたいか? どうして守谷が死んだのか。お前と会わなくなってから守谷がどんな人生を歩んできたのか。お前が中途半端なことしたせいで、あいつがどれだけ苦しんでいたか」
 野田は一歩一歩、憎しみを込めるように力強い足取りでこちらへ近づいてきた。僕の知らない野田が僕の知らない守谷のことを語ろうとしている。十年。たった十年のことだった。僕にとっては非常にあっけなく過ぎ去ってしまった年月が、彼をこんなにも変えてしまい、守谷を奪った。
 あの時、僕が彼らを理解しようとしていたら今この瞬間が訪れることはなかったのだろうか。教室で再会を喜び、思い出を語り合っていたのか?
 教室の喧噪は聞こえない。ここは切り離された世界だ。定員はいつも二名だけ。かつては僕と守谷で、今は僕と野田。そんな小さな世界は外にある広大な世界のすぐ隣にあるのに、まるで分厚いコンクリートの壁が張り巡らされているように、冷たく、孤独な場所だった。
「聞かせて欲しい」
「………………………………」
「あいつのことも、お前のことも、全部知りたい」
 目をそらし続けた十年を僕は知らなくてはいけない。そのためにここに来た。謝るべき彼はもういないけれど、何も知らないままではいられない。野田は胸元から白い封筒を取り出した。
「あいつの遺書だ」








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