※CAUTION※
・同性愛に関する表現が多々含まれます。
・閲覧に年齢制限を必要とする類の小説ではありません。
・「エロがない! ふざけんな!」とか言われるとものすごく困ります。


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 僕の世界と外の世界を隔てるのはちっぽけなカーテン一枚だ。
 けど、それを誰かが開けることはない。
 校舎の四階の一番隅にある、屋上へと続く階段。そこはカーテンで区切られているから、その向こうが屋上に繋がっていると言うことさえ知らない生徒もいるかもしれない。
 誰も立ち寄らない場所。僕だけの場所。学校で唯一安心できる場所。
 そこで本を読んで休み時間をやり過ごしている。

 昔から誰かと一緒に居ることが苦手だった。こんな僕のことを好きになってくれる人なんてどこにもいないから。
 ヘッドフォンをいつも身につけているけれど、実はそのコードの先はどこにも繋がっていなかった。購入した目的は単に音楽を聴いているというポーズをとるためだった。
 音楽そのものにはあんまり興味がない。
 それに僕は周りの人とは『違って』いた。だから、それを隠し続ける限り、必ず嘘をつかなければいけない。
 僕は嘘をつくのも苦手だから、一人の時間が一番安心できた。
 何も偽らなくて良い。ありのままの自分で居られるから。

 だから、君があのカーテンから顔を覗かせた時は、本当にびっくりしたんだよ。


 御崎くん。御崎直純くん。
 僕の目の前の席に座る男の子。話はしたことがないけど、僕は彼に憧れていた。
 スポーツは万能だし、成績も優秀。顔も格好良いし面白いし、みんなの人気者で、僕とはまるで正反対だ。
 そんな人だから、後ろからちょっと眺めているだけで満足だった。彼の視界に入ろうだなんておこがましいことは考えられもしなかった。

 ただ眺めているだけでも彼のたくさんのことが分かった。
 英語の時間はあくびが多いこと。友達は男女問わず苗字を呼び捨てで呼ぶこと。のど飴はいつもレモン味。購買で買うのはメロンパン。好きなアーティストはインディーズのロックバンド。そして、こっそりタバコを持ってきていること。

 あの日、きみと僕は初めて言葉を交わした。
 信じられないような出来事だった。誰の気にも留まらなかったあのカーテンを、一番最初に開けたのが御崎くんだったなんて。
「悪いけど別に用とかないから。邪魔したな」
 去ろうとする彼を、僕は引き留めた。
「タバコならここで吸えるよ」
 どうして引き留めたんだろう?
 御崎くんほどの人と関わるなんて僕には分不相応だって思っていたのに。
 僕はもっと御崎くんと話をしたかった。
 側に居て欲しかった。
 僕はその時初めて自分の気持ちに気付いたんだ。


 初めて誰かと屋上に入った。
 夢のようなひとときだった。ような、というよりも本当に夢なんじゃないかと思った。
 あまりに緊張していて、上手く話すことができなかった。
 それでも僕は、側に御崎くんが居てくれる事がとても嬉しかった。
 だけど、御崎くんはどうだったんだろう。僕一人で舞い上がっていただけなんじゃないだろうか。御崎くんはそもそもタバコを吸いに来ただけだし。
 でも、またタバコを吸いに来てくれることがあるかもしれない。
 そんな期待が膨らんで、眺めていた文庫本の内容は頭に入らなかった。

 一緒に居てくれる理由が「きまぐれ」でもいい。大したことは話せないけど、それでも時々御崎くんがかけてくれる言葉の一つ一つに僕は胸をときめかせていた。
 ささやかだけど、僕の毎日は少しだけあたたかなものに変わった。
 教室では相変わらず口をきかなかったけど、見慣れたはずの後ろ姿も新鮮だ。仲良く話している人も、きっと御崎くんの秘密は知らないんだろう。この教室で知っているのは、もしかしたら僕だけなのかもしれない。

 いつも僕に優しくしてくれるから、御崎くんが落ち込んでいる時は力になってあげたかった。
 授業なんかより、御崎くんの側にいてあげる事の方が大事だ。
 何に落ち込んでいるのかはわからないけど、早く元気になって欲しい。
 僕にできる事なんて何があるだろう。
 お昼に御崎くんの好きなメープルメロンを買ってきてあげることも、知った風な口をきくことも、御崎くんのためには何もならない。
 僕はあれだけのものをもらったのに、何も返してあげることができないなんて。
 僕はつくづくだめだった。
 だめだけど、でも、このまま何もできなかったらただただだめなだけで終わってしまう。
 僕にできること。
 いまできること。

 御崎くんは眠っていた。
 大好きな彼女と遠距離になってしまうから、別れることになったけど、本当は別れたくない。
 でも、そんな気持ちをぶつけられず、話し合いもできずに逃げている。
 それなら、ちゃんと話し合って欲しい。納得のいく形で答えを出して欲しい。
 だけど、変な意地を張っているから、僕が何を言っても御崎くんは彼女と連絡をとることはないだろう。
 だったら僕が

 どうやらずっと電源を切っていたらしく、電源を入れた途端にメールが入ってきた。そのお陰で誰が彼女なのかは調べるまでもなく分かった。もし分からなかったら受信メールを探らなければいけなかったので、心の底からほっとした。やっぱり罪悪感は強い。

『今日はごめん。会ってちゃんと話がしたい。』
『メール見てくれたかな。連絡待ってます』
『おーす(^。^)/数学のNo9のプリント持ってる?なくしたっぽい(T_T)』
(これは野田くんのメールだった)
『七月二十七日には向こうに行くことになった。それ前に会えないかな?』
 結構そっけないメールだった。でも、年上の彼女がいるっていうのは本当だったんだ。

 難しい事じゃない。日付と時間、場所を指定すれば彼女は来る。そこに御崎くんを連れて行けば、あとは何とかなるだろう。
 だけど、余計なお世話なんじゃないだろうか。
 勝手に携帯を見て、勝手にメールの返信をするだなんてプライバシーの侵害だ。
 けどもう、ここまで来たら引き返せない。
 僕は御崎くんの寝顔を窺ってからメールを返信した。


「守谷」
 御崎くんの昼食を買いに行く僕の後ろから、声が呼び止めた。ぎゅっと全身の筋肉が縮まる。僕の名前を呼ぶような人はほとんどいないし、いるとしたら御崎くんくらいだから。
 振り返ってそこに居たのは、野田くんだった。
 思わず警戒してしまう。
「……なに?」
「最近、御崎と仲いい?」
 何故、と素直に思った。僕らは屋上だけの関係だ。教室ではそんな素振りを見せたことがないし、一番はじめに教室で挨拶されたくらいだ。それ以降は会話らしい会話もしていない。
「仲良くなんてないよ」
 仲良くなんてない。御崎くんはただ、タバコを吸ったり、他の人の目から逃れたいからあの場所に来ているだけに過ぎない。器を欲しているだけなのだから、その中にいる僕なんて、ほんの小さなほこりのようなものなんだ。
「そうだよな。御崎がお前なんかと仲良くするわけないもんな」
 その目は僕の中にある孤独をあざ笑うよう。そんなこと、言われなくても分かっている。
 何も言わない僕に背を向け、野田くんは去っていった。

 普通ではない僕は、普通には生きられない。だけど、僕の好きな人が幸せであってくれたら、それは僕の幸せにもなると信じている。いずれにしても、余計なことをした僕を嫌いになるだろう。そうすればきっと僕はまたひとりぼっちになる。
 パンを抱えたまま階段を踏みしめる。
 けれど、それでいい。あの場所は僕だけのものでいいんだ。

 じゃあ、どうして僕はパンを買ってきたんだろう。
 彼の好きなメープルメロンパン。あの日、僕にくれたもの。
 好きになって欲しいから、彼に気を使ってるだけだ。他にできることは何もないから気を引きたいだけだ。
 馬鹿げてる。御崎くんが僕のことなんて好きになってくれるはずなんてないのに。
 彼女が居る、普通の、女の子が好きな男の子だから。ううん、それだけじゃない。万が一彼が僕と同じだったとしても、僕なんかを好きになるはずがないのだ。暗いしつまらないし、何の魅力もない。
 だから期待なんてしてはいけない。
 僕の人生に、希望なんてない。

 ドアを開いた。そこに、彼が立ち尽くしていた。

 誰からも必要とされていない僕。
 御崎くんに憧れるだけの僕。
 こっそりと生きていければいいと思ってた。
 御崎くんと一緒に居られなくても、遠くから眺めることができればそれでいいと思っていた。

 なのに、ねぇ御崎くん。
 どうして、僕のことを抱きしめたの?



 久しぶりに昔のことを思い出していた。
 僕の一番輝いていた時代。
 あれからもう八年も経つ。
 僕は変わってしまった。胸を張れないような生き方をしている。
 僕があの頃感じていた閉塞感も絶望感も、何一つとして変わっていない。

「ツバサくん、お仕事ですよー」
「はい」
 僕は守谷恭司という名前を捨てていた。それはもう僕の名前ではない。僕の人生の中でほんの一瞬輝いていた時の、御崎くんの隣居た僕の名前だから。
 新しい僕の名前はツバサ。僕が一番羨ましかった人の名前。

「お前は、誰かをうらやむような人生でいいのか?」
 その言葉は今も僕の胸に深く突き刺さっている。
 言いたいことは分かるし、その通りだとも思う。けれど、僕はやっぱり自分の生き方を変えることはできなかった。誰かを羨んだり、劣等感に苛まれたり、そういう風にしか僕は生きられない。
 自信は、やっぱりない。
 でも、僕は僕が出来ることをする。それだけ。
 誰かに胸を張って生きられるような生き方では決してないけれど、ひっそりと誰にも知られず生きて、死んでいければいい。
 僕はきっと、長生きできない。
 家庭が持てるわけでもなければ、今の仕事を一生続けることができるわけでもない。
 もう真っ当に生きる事なんてできないから、きっと、行き詰まったらそこで自殺か何かするに違いない。
 それでいい。もう守谷恭司の一生は終わってしまったのだから。
 今の僕の人生は、本編が終わった後の長い長いエンドロールのようなものなのかもしれない。


 今日もツバサは扉を開く。僕を求めてくれる人のところへ。


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